【書評】毒婦。木嶋佳苗100日裁判傍聴記|北原みのり|サイコパス説を親子論で再考する

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dokufu

ゴキブリがこわいのは、どこに潜んでいるかわからないし、予想外の動きをするから。つまり、理解不能だから。人間って理解できないものには恐怖を感じて排除しようとするんですよね。

「理解できない考え=宗教」「理解できない仕事=ネットワークビジネス=ネズミ講」というのが世間一般の安易な認識ですが、当時の木嶋佳苗の事件については自分も「理解できない殺人=サイコパス」とカテゴライズしていたことを思い出しました。

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レクタングル(大)

木嶋佳苗という……魔性の女?婚活サギ女?毒婦?

2009年、多数の男性を相手に同時並行で結婚詐欺をはたらき、うち三人の殺害容疑で逮捕された『首都圏連続不審死事件』、通称『婚活連続殺人事件』。この本は、100日にも及ぶ裁判に密着した北原みのりさんによる傍聴記です。

2009年といえば7年前。

もうぼくはテレビを処分していたので、情報源はインターネットニュースだけだったのですが、この事件は強烈に印象に残っています。

何が印象に残っているのかというと……

なぜ殺す必要があったのかが理解できない

何が印象に残っているかというと、それはただ一点、『殺害する動機がわからない』ということ。そのモヤモヤ、自分の中で事件の構造が理解できそうにもない感覚への違和感。

この事件は一般的には木嶋佳苗の容姿に嫌でも着目せざるをえない事件でした。木嶋佳苗がいわゆる『ブス』にカテゴリされる容姿であったためです。

「なぜこんなブスなのに大勢を結婚詐欺で手玉に取ることができるの?」という容疑者本人への直接的な揶揄はもちろん、「こんなブスに大金貢ぐなんてバカじゃない?(笑)」と、被害者男性までもが『非モテ』(←当時はこんな言葉はなかったけど。)として蔑まれるという悲劇……というか、喜劇。

ただ自分としては、木嶋佳苗の容姿を見て上記のような感情を持たなかったことは覚えています。外面だけでなく、中身に強烈な中毒性がなければここまでの大金を引っ張ることはできないと思っていたので。

『美人は三日で飽きる。ブスは三日で慣れる』という言葉もありますよね。中身で勝負せざるをえない人生で、一生懸命にそこを磨いてきたのだろうな……と。

なので、容姿のことも、ブスなのに結婚詐欺ということも、そこまで印象に残ってはいない。

引っかかったのはただ一点、先程も書いたとおり、『殺害する動機がわからない』ということでした。

殺害理由となるネガティブな感情が見えない

なぜ人を殺すのか?

金銭が絡む詐欺に寄る殺人となると、一般的には『お金を引っ張る → 返す返さないでモメる → 殺す』という感情の流れがあります。

でも、この事件は中間がない。『お金を引っ張る → 殺す』と、ダイレクトに結びついてる。変な話、まだ引き出せそうなのに殺している。

殺人の背後に「当然あるべき」とぼくたちが考える恨みや妬みといったネガティブな感情がない。被害者男性はもめて苦しんで争いの末に殺されたのではなく、貢いで役に立って満足感を得て、幸せの中で寝ているうちにいつの間にか殺されている。

なんだこれは?

トラブルになるのを未然に防ぐため?

それにしてはアリバイ工作をするわけでもなく、念入りに自殺に偽装するわけでもない。練炭の購入履歴など、調べればすぐ木嶋佳苗に結びつくような情況証拠を隠すこともない。

理解できない……。

よって、冒頭にも述べたように、理解できない怪物=「サイコパス」として自分の中で決着をつけたわけです。お金をとって愛してあげて殺すまでがワンクールだったんだな、と。

その後この事件については意識上に浮かんでくることもなかったのですが、ふと本屋さんで傍聴記を見つけて手にとって見ると、なんとまぁ、物語としておもしろい。

本を読んでも動機不明の印象は変わらず……、だけど

演出された裁判という意味で、なんとも劇的でおもしろい事件だったんだな……と。木嶋佳苗が、容疑者というよりも、女優のようで。

著者である北原みのりさんが、事件ではなく木嶋佳苗本人に強烈な興味と熱意と疑問とをもって傍聴していたことがヒシヒシと伝わってきます。

三人の殺人と多額のお金が動いた結婚詐欺という凄惨な事件にもかかわらず、裁判ではどことなく呑気な雰囲気があったんだな、ということが、書籍中でも著者の印象レベルですが述べられています。

時系列や人間関係もみごとにまとめてあって、わかりやすい。ニュースでは捉えきれない事件の人物構造や時間の経過がすっきりと整理されていて、読み物としてとても楽しく読むことができました。

でも……やはり殺害動機は見当たらず。

ただ、第三章『佳苗の足跡をたずねて』で取材された木嶋家の家族にまつわるエピソードを読んで、あぁ、こういう見方もありそうだな……ということがありました。

ひとつのやりかたとして……親との関係で読み解く

北原みのりさんが、木島早苗の両親の印象を周辺に取材しているのですが、その周辺の印象がとても偏っていて興味深い。

父親は「地元の名士で、妻と娘に振り回されて最後には自ら手で命を断った不遇の人」。母親は「自分が一番でこどもには目を向けず、世間ズレしている」。

それが周辺の印象だったようです。

『佳苗ちゃんの顔と頭の良さは父親似、ずれているところは母親似』とまわりは言っていたのだという……。

ただ、この世間の印象を鵜呑みにするのもどうなのか、という気もします。

とかく、こどもの生育環境の要因として、うまくいけば父の功績、へたを打てば母の功罪という図式がいまだ日本では強い。母と娘は100%に近い確率でこじれるというのはありますが、父親との関係はどうしても二の次にされてしまう。

例えば、外から見て名士であった父親が、家の中では長女である木嶋佳苗に家長としての大きすぎる期待をかけてはいなかったか。それによってジェンダーの捻れやミサンドリー(男性嫌悪)が醸成されることはなかったか……など。

北原みのりさんは詐欺や殺人の動機形成の理由として木嶋佳苗の家族関係を直接述べているわけではありません。ただ、読者が考えるための一助として材料を置いておいてくれている。

ほんの少しだけ触れられている親子関係の記述にこそ、木嶋佳苗の一見理解できない行動の理由と動機があったのかもしれません。

動機は自分のなかで結論付ける……でいいのか?

こんなこといったら本末転倒ですが、理由がひとつなんてことはありえないし、殺人の動機は言葉で説明しきれるものでもないのでしょう。

極端な話、突然変異ということもありえるわけで。生育環境ではなく遺伝的疾患で殺人を犯してしまうという『言ってはいけない残酷すぎる真実』だって、エビデンスとしてある。

遺伝的疾患となれば、親にできることはない。親を責めることもできない。

つまり、個人の中で腑に落ちるかどうかは別として、「理由はこれ!」という社会的正解はない。

ぼくとしては、生まれつきの遺伝的疾患で済ませるよりも、よりコントロールできたかもしれないものとして『親子関係』に切り込むことが、不謹慎ながらもおもしろいテーマだと思います。

木嶋佳苗のこわい拘置所ブログ

木嶋佳苗はほぼ日の勢いで拘置所中の手記をブログにて更新してる。実際の手記を、支援者(!)が更新しているのだそう。

木嶋佳苗の拘置所日記

田舎のスナックかよ、というサムネイル。

手紙をスキャンして載せているブログなのですが、あまりにも達筆すぎるのと、のほほんとした内容から、三人の殺人罪や多数の詐欺罪で第二審も死刑確定、最高裁に上告中であることを忘れてしまう。

さらに、拘置所の中で結婚も実現している。ブスなのに(←敢えて書いてます)、拘置所の中でもモテている。支援者がブログを更新していることからわかるように、ファンもいる。

なんて強い女だとも思うし、なんてズレた女だとも思う。

裁判中に「私は木嶋佳苗だ」と言って、日常の中で少しボタンが掛け違っていれば木嶋佳苗になり得たこと、さらには木嶋佳苗への憧れめいた気持ちを表明する女性もいた。

木嶋佳苗が絶世の美人だったらここまで大きくマスコミに取り上げられないでしょ? 一定の女性の支持を得るなんてこともなかったでしょ?

恋愛感情がともなう男の見栄がなければ、ここまで婚活詐欺として広い被害にはならなかったでしょ? 裁判のメンバー含め、ここまで男性の理解が及ばないモンスターとして非難されることもなかったでしょ?

なんとも人の目を集める人物だと思う。

刑事的にみれば殺人と詐欺でしかない事件。

でも社会的に見れば、母娘関係・父娘関係、ジェンダー、女性の自立・男性社会、恋愛論・男の浅はかな見栄・女の世渡り術、などなどたくさん噛りつける部分がある。不謹慎な表現かもしれませんが、おいしい果実だとは思います。

目線を変えてくれる素晴らしい本! 買っちゃったけど、なんと Kindle Unlimited 対象でした……。

この事件に関してはあと三冊、一気に読んでみます。

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