「一ヶ月本買うのやめます宣言」はどうなったか?……その顛末を綴る

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churcheye

あれは2016年3月26日のこと。facebookで高らかに宣言したんです。「一ヶ月間、本を買うの辞めます」と。

それからもうすぐ3ヶ月ですね。顛末をありのままに書き綴ります。まずは以下、その宣言を貼っておきます。

tenmatsu

さて、さっそく結論からいきましょうか。

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結論:翌々々日には性懲りもなく本を買ってました

なんと翌々々日の3月29日に陥落。リアル三日坊主です。

というのもですよ。宣言の投稿をした瞬間にこんなコメントが。

nonstop

「3冊読んだら、1冊買っていい」とかルールをつくるってのはど? 

……うむ。素晴らしい妥協案の提示ですね。確かにそれはアリかもしれないな……。

ところで、下記の会話をご査収ください。

昨日から禁煙中なんだけど、めっちゃ吸いたいんだよね……
苦しいんだったら最後に一本だけ吸ってからやめれば?

↑ 禁煙失敗の王道ですね

どうして詐欺だってわかるのにこんなことをしたの?
初めは遊びのつもりだったんですけど、あの人がどうしてもっていうから……

↑ 悪事に手を染める人の王道ですね

絶対夏までに3キロやせるんだー!
お、いいね! ところで、すぐそこのケーキ屋さん美味しかったから行こうよ!

↑ ダイエット失敗あるあるですね

本を買うのを一ヶ月間やめるから買いそうになってたら止めてね!
「3冊読んだら、1冊買っていい」とかルールをつくるってのはど? 
そっか、そうすりゃいいのか……

っておい! あっぶねー! あっさり流されるところだった!

ちょっと待ってくれよ。ぼくは宣言投稿できちんと明記しているはずではなかったか。「やめといたら?」と言ってくれ、と。抑止力を期待している、と。

それに対してのコメントが、「いかにして買う冊数を減らすか」のような妥協案の提示とはいかなることか。

ご親切な 悪魔のささやき 妥協案の提示、ありがとうございます! でもね! そんなもんじゃぼくの決意は揺らがないよ! (でも本当にアドバイスありがと!)

まぁ確かにちょっと危なかったけれど、そう、これくらいで決意が揺らぐぼくではないのです。では、なぜ冒頭で申し上げたように「一ヶ月本を買うの辞めます宣言」を三日坊主で撤回なんてことになったのか?

そこにはもう一つのストーリーがありました。

『ものが割れまくり事件』

もうひとつのストーリー、それは『ものが割れまくり事件』です。

(ちょっと本を買い過ぎだな……)

(少し控えようかな……)

(よし、少しがんばってみよう)

(本屋行きたい……でも我慢!)

そんな風に問題提起し、行動を決定し、本を買いたいという欲望と葛藤していました。その間、なぜか身の回りの大切なものが割れまくりました。

一つ目、ごはんを炊くのにかかせないマスタークック五合炊きのフタ。落としました。

broke1

二つ目、お気に入りの手焼きのどんぶり。普通に洗ってたらパキっと取れました。

broke2

三つ目、これもごはんを炊くためのマスタークック三合炊きのフタ。収納場所で割れてました。

broke3

四つ目、車のフロントガラス。まさかの飛び石。まじか。

grasscrash

その間、三日。

たった三日で、四つ割れたさ。

でもね、正直なところぼくの中では、『本を買わない宣言』と『ものが割れまくり事件』はリンクしていなかったんだ。まったく別の話だったの。ただ、あまりにも割れすぎだったからFacebookに「なんなんだ~!?」って投稿はしてたんだ。

そしたら突然届いたのがこのメッセージ。素晴らしいメッセージなのでぜひ読んで欲しい。

bookmessage

おせっかいだなんてとんでもない。「これだー!!!」って思いました。

なんていうんでしたっけ? アハ体験? かちりと歯車が噛み合った感覚がありました。自分の中でまったく別ものだった『本を買わない宣言』と『ものが割れまくり事件』が、ぴたり、と。

「そうか……! 身の回りのものが割れまくったのは、『本を買わない』ことが自分にとって自然じゃないからなんだ……!」

メッセージくださった方、たぶん、実はそこまでぼくのことを色々知っているというわけではない。去年の秋口に非日常トリップの道中で三時間ほど一緒の席を囲んだという、言ってしまえばそれだけなんですね。

ただ、そこの席で交わされた会話が面白くて面白くて。

手相だったり、ヨガだったり、ジュエリーだったり、各々の特質が絡まって上昇していくような、まさにその席に集まるべくして集まったような、とても数奇な縁を感じた時間だったんです。

temple

そんな特別な方からの、

本を買わない! という決断、やめたほうがいいと思います 

という控えめながら確信あるメッセージと、納得感のあるその理由。

これでもう陥落、というか、自然な気持ちで「好きなだけ本を買っていいんだな」と切り替えることができたのでした。罪悪感なく、純粋な楽しみとして本と向き合うことができるようになったのでした。

めでたしめでたし。

(その後、『ものが割れまくり事件』は当然のようにぴたりととまりました)

読書は勉強? 趣味? いや、『遊び』です

ホモ・ルーデンス という本があります(ホイジンガ著)。ホモっていっても変な本ではなく、ホモ・ルーデンスは『遊ぶ人』の意です。

この本は幼児教育や子どもとの付きあいかたの本質について深く考えさせられる本なのですが、それについて書き始めると長くなるので割愛します。

別視点として、まさにぼくの読書へのスタンスに合致する部分があるので引用します。

すべての遊びは、まず第一に、何にもまして一つの自由な行動である。命令されてする遊び、そんなものはもう遊びではない。(p29)

まさにそのとおり。

ぼくは、「知識を得たい」と思って本を読んでいるわけじゃない。効率的なインプットとして本を読んでいるというわけでもない。ましてや、誰かに「読んだほうがいいよ」と言われて読んでいるわけでもない。

じゃあなんで本を読むのかというと、読むことが楽しくて読んでるんです。つまりは「遊び」のようなものなんです。

子どもが「遊び」そのものに没頭しているように、ぼくは「読むこと」そのものに没頭している。だから、子どもがゲームをやりつくしたらぴたりとやめるように、ぼくも本を読むことがつまらなくなったらぴたりとやめる。

それがわかっているので、終焉までとことん読み続けることにしました。

そしてKindle Paperwhite までその後に購入しているっていうね。

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これからは読んだ本をできる限りこのブログに残していけたらな、と思ってます。

よろ!

PS.

アイキャッチは去年NYの教会で撮ったものを加工した写真。めちゃくちゃステキな雰囲気ですね。自画自賛。

最後まで読んでいただきありがとうございます。更新を通知しますのでフォローお願いします。
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